2004年12月09日
期待に違わぬ結論
- teto
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鎮守の森
前略
時には鈴を鳴らし、「二礼二拍手一礼」という指示に従って拝む。以前は少し気恥ずかしい気持ちがあったが、全くそれがなくなった。このところ毎年、大晦日の夜に時計が午前零時を回ると初詣でをしている。その際はひそかに、「ことしは子供たちが何とかなりますように」などとお願いごとをしてきたが、いまはそんなご利益を求めることもない。ただ頭を下げるだけですっきりする。
朝日新聞に在籍していたとき、宮崎支局に配属されていたことがある。支局の会議で編集局長が県内に来た機会に高千穂神社を案内した。そのときその人が拝殿に向かい手を合わせるのを見て、違和感を持った事がある。しかし、そう感じたこちらがおかしかった。
シントーニアンになったということなのだろうか。
中略
めずらしく朝日が神社を持ち上げている。これは何か悪い事が起きる前兆では?と警戒していたが何の事はなかった。
「鎮守の森の鎮守とは、字の通り鎮め守ることだ。何を守るかと言えば村だ。南北朝時代から250年の戦乱の時代に入る。天皇家でさえ争う。下はめちゃくちゃだ。自分たちで自らを守らなくてはならない。神様を呼んで来て守る要にした。それが鎮守の森だ。国がなくても独立して村を守ってきた」
ちゃんとオチを用意してくれている。さすが、朝日。そこのところは安心感抜群である(笑)。
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