2005年03月17日

竹島メモ

【重要関連ソース】http://blog.livedoor.jp/lancer1/archives/cat_451710.html  1952年、韓国の李承晩大統領が行なった、一方的宣言によって規定された領海水域。 同宣言により朝鮮半島周辺(最大二百マイル)の水域内に存在する、すべての天然資源、 水産物を利用する権利を主張した。日本側はこのラインを認めず、 結局65年の日韓漁業協定で李承晩ラインが廃止されるまで、韓国軍による日本漁船の拿捕が続いた。 李承晩ライン廃止までの抑留者数・拿捕された船の数および死傷者数 抑留者数:3929人  拿捕された船の数:328隻  

死傷者数:44人


俺のオジさんはその時代に拿捕されて2年間韓国に拘留されていた。
韓国の船では、日本の船に追いつけない為に、最初に掴まえた日本の漁船に
機関銃を付けて、撃ちまくって来たそうだ。 停船すると、拿捕されて臭い牢獄に入れられたそうだ。
まともな飯など出るハズもなく、海にたくさん生えているアラメと言う海草が
主食だったそうだ。とても食えた代物ではなかったそうだ。
只、手紙や荷物は届けれたらしいので、俺の親父は缶の中に「味の素」を入れて オジさん宛てに送り続けていたらしい。親父に「何で?」と聞いたら、味の素を看守に賄賂として渡すと 米の飯を出してくれたらしい。

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