2005年03月20日
朝日メモ
以前も同じ手口で 投稿者:葦の髄 投稿日:03月19日(土)09時25分49秒
あれほど騒がれた捏造事件も、今や風化しつつあり、アカピーもダンマリ戦術に切り替え、台風一過を待っているようだ。
かなり以前の資料だが、アカピーが同じ手口のやり方をした例を見つけたので、ここに貼り付けし、拳拳服膺します。>俵孝太郎 ここがポイント 月間自由民主3月号(年代不詳)
リクルート事件の嵐が世間に吹き荒れているころ、『朝日ジャーナル』の記者が2人、突然拙宅にやってきたことがある。
なんでもリクルート・コスモス株の縁故譲渡を受けた人物のリストがあって、筆者の名前もそれに載っているというのだ。もちろん筆者に株の譲渡を受けた事実はない。しかし2人は「確実な証拠がある」といい張る。
その「証拠」とは怪文書なのだから、まるで話にならない。それでも彼らはマスコミ用語でいう「キメつけ取材」をやめない。筆者が徹底的に否定するので不満顔で帰り、名指しは避けたが一読して筆者とわかる書き方で「疑惑濃厚」と活字にした。どうせ敵の手口はそんなもんだとわかっているから、押し問答の全容をテープにとっておき、抜く手も見せずそれを再現して『週刊文春』に二号にわたって連載し、『朝日』を弾劾して当時の一柳東一郎社長の公の謝罪を要求した。
間もなく大学の同期生で『朝日』の役員をしている男が電話してきた。攻撃をやめてくれという。謝るのかというと、それはできないという。怪文書を誤信して迷惑をかけたことは認めるが情報をぶつけて相手の反応を見るのも取材のうちだ、名指しで書いたわけではないから単なる取材過程の行き違いで陳謝する必要はない、という。『朝日』はそんなインチキ取材を許しているかもしれないがオレは許さない、謝罪しないなら言論で戦う、と通告して大車輪で原稿をまとめ、光文社から『我朝日新聞と戦えり』という新書を緊急刊行して完膚無きまでにやっつけてやった。
刊行直後『朝日ジャーナル』に往生際悪くも、取材過程でアタマごなしに怒鳴られたこともあった、という弁解半分、ボヤキ半分の小さい記事が載ったが、敵は謝罪もせず、当然ながら反論もできず、逃げの一手に終始した。のちに『朝日新聞』の記事をめぐって訴訟になった梶山静六氏がこのときの経過を訊ねてきたので手元にあった『我朝日新聞と戦えり』を呈上し、梶山氏が勝訴したのち雪冤祝賀会の発起人の一員になったものだ。
今回の「自民党議員のNHKへの圧力」報道もまったく同じ手口だ。よくよく反省もなければ進歩もない連中だ、と呆れるほかないが、戦う最大の武器は「証拠」だ。いまは背広のポケットに入る小さい長時間録音機がある。取材を受ける立場の人にとってこれは必携品だ。取材に応ずるときは必ず相手に通告した上で問答を録音し、当分は保存しておくべきだ。以上。
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