2005年08月15日
真偽不明ではあるが
29 :<丶`∀�>(�・ω・`)(`ハ� )さん :2005/08/15(月) 00:49:32 ID:Vb3 B7nZ N速 より、面白いコピペ
石原完爾談
「山形弁まるだしで話す石原莞爾に、法廷は爆笑に包まれたという。
昭和二二年(一九四七)五月一日、酒田市で開かれた極東軍事裁判でのことだ。
この日法廷は、証人として出延した石原のぺ-スに完全に呑まれてしまった。
判事の「尋間に先立って何か言うことはないか」との間いに石原は、
「満州事変の中心は自分である。なぜ私を戦犯として逮捕しないのか、
不思議である」と応え、判事や検事を大慌てさせている。この酒田法廷の前年、
石原はすでに連合国側の検事の尋間を受けていた。その際、検事が
「戦犯の中で誰が第一級か」と間うと石原は「トルーマン」と応え、
大統領就任時にまいたビラを見せた。そこには「もし日本国民諸君が
軍人と共に戦争に協力するならば、老人、子供、帰女子を間わず全部爆殺する」
と書かれている。「国際法では非戦闘員は爆撃するなと規定している。
これは国際法の蹂躙ではないか」「あれは喬しだ」「そうではない。
このビラ通りに実行したではないか。B29が軍需工場ではない所、戦闘員以外の
民衆すべてを爆撃したではないか。広島や長崎は一体どうしたことか。
トルーマン大統領の行為は、戦犯第一級のそのまた第一級に値するものである」。
また、逆に石原が日本の戦争責任をどこまで湖るのかと質問し、検事は
「日清、日露戦争まで」と応えた。すると石原は「それではペリーを坪びなさい。
当時日本は鎖国主義で満足していた。それをペリーが黒船の大砲で脅し、
無理矢理開国させて、貴国らの侵略主義を覚えさせたのではないか。
もし日清、日露戦争を悪いというのならば、まず平和日本を脅したペリーを
証人として連れて来なさい」。酒田法廷のあと、"朝日新聞の記者"が
「法廷での将軍の言葉を聴いて、私は日本人として初めて胸の晴れる
思いがしました」と、涙を浮かべて話したという。
酒田法廷や前年の尋問の逸話は、単に石原が連合国に一矢報いたというのではなく、
連合国側の歴史観の誤りと民主主義に反する面を指摘した機会でもあった。
本当に言ったのかはわからないが、本当なら痛快である。
昔までは朝日はまともな感覚を持ってたんだろうけど、今じゃ売国新聞社に成り下がってしまった。
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