2005年09月29日
大和からの生還者
死を覚悟した人の言葉は重い。
救助された八杉さんは翌日、佐世保に戻った。「主砲を一発も撃てなかった無念さ、それ以外にはなかった」。戦死した仲間たちが並べられ、その上に桜の花びらが舞い教っていた。
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みなさんに一つだけお願いがあります。
平和な日本といわれながらも凶悪犯罪が続いています。戦後の教育がどこかで間違った。地域、社会、家庭教育を放棄した結果です。本当の平等、自由を教えませんでした。人間として生きることの意味すら教えていない。今からでも遅くないから教えてほしい。教えたら鍛えてください。享楽と平和を取り違えている。平和が欲しいなら義務が発生する。人間が生きることの意味を教えてください。生きたことの証しを残すように教えてほしい。
個人的に好きな話。
http://aa.2ch.net/test/read.cgi/mona/1023634379/200-232
泣ける話ではないかもしれませんが… 私がホテル勤めをしていた頃の話。
ある披露宴、新郎が海自の方でした。同僚上司達は制服で出席。
披露宴も御披楽喜に近づき、新郎のおじいさんの挨拶がありました。
一通りの祝いの言葉の後に、自分が海軍にいた事。孫が艦に乗っている事を誇りに思う事。
自分達の世代の不甲斐なさのせいで今の海上勤務の方達には苦労を
掛けていると思う事。
たとたどしくですが話されました。
同僚達は知らなかったらしく酔っ払っていたのが、段々背筋が伸びていき
神妙に聞き入っていました。挨拶が終わり高砂の席の一人が「何に乗っておられたのだ」
と尋ねると、新郎は小声で「大和です」
それを聞いた海自組一同すっ転ぶような勢いで立ち上がり直立不動で敬礼を送りました。
おじいさんも見事な答礼を返されました。私はその後は仕事になりませんでした。
ウェイトレスの女の子達は不思議そうな顔をしておりましたが。
毛色は違うけど大和関連ではこんなものも。
ちなみにこの吉田満氏の「戦艦大和ノ最期」はGHQの検閲にあってしまい、当時出版が禁じられています。
まだ読んだことはないんですが、読まなければと思っている一冊です。
吉田満著「戦艦大和ノ最期」は本当に何度でも泣けます。
特に心に残ったのは大和乗り組みの臼淵大尉の詞ですかね。「進歩のない者は決して勝たない。負けて目覚めることが最上の道だ。日本は進歩ということを軽んじすぎた。私的な潔癖や徳義にこだわって、真の進歩を忘れていた。敗れて目覚める。それ以外に、どうして日本は救われるか。今、目覚めずしていつ救われるか。俺たちは、その先導になるのだ。日本の新生に先駆けて散る。まさに本望じゃないか。」
…今の日本にも当てはまるのが、先人に対し情けなくて泣けますなあ。
初出の「戦艦大和ノ最期」は江藤淳著「落葉の掃き寄せ」(文芸春秋社発行昭和56年11月25日第一刷)の中に納められている。最近は文庫本もある。
(注)江藤淳氏とは、元慶応義塾大学教授であり、近年は妻の介護に疲れ、妻死亡後自らも倒れ、再起不能を自覚し、数年前に自裁して果てた人である。アメリカは日本での検閲をいかに準備し、執拗に実行したかを書いた著書「閉ざされた言語空間…占領軍の検閲と戦後日本」は今日の日本人必読の書である。江藤氏は日本の言語空間に「自由」はないと痛烈に結んでいる。
そういえば小学生だったか、中学生だったかの頃に「レイテ沖海戦」だったか「戦艦武蔵の最期」という本を読んだ記憶があります。
日本海軍、無念でございます。
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