2006年08月30日

史実を読み間違えないように

194 :<丶`∀�>(�・ω・`)(`ハ�  )さん :2006/08/29(火) 19:24:00 ID:BhWg5ee/

参考資料『1906年 統監代理長谷川好道韓皇謁見始末報告(國分書記官通訳并筆記)』

以下引用
 陛下は、再三長谷川統監代理召見の思召ある趣、宮中より内報ありたるも、
 統監代理は病気と称し、姑く其の謁見の機会を遅緩ならしめ居らるる際、
 幹部将校会議に列する為め、来京中の各方面の幹部主任将校も其の任務を了し、
 不日帰途に就かんとするに当り、拜謁を希望せる折柄恰も好し、本月九日午後
 三時半、陛下の思召に由り統監代理を召見せらるる旨、宮内大臣の通知に接し、
 当日統監代理は、前顯将校井口砲兵中佐以下十一名を帯同し、参内式の如く
 統監代理は井口中佐以下将校を一々陛下に御紹介し終って、陛下と統監代理との
 御談話の大要如左。

 陛下
 顧れば今を距る十二年、我国独立問題の為日清干戈を交へ、其結果日本の
 勝利に帰し、我国独立の基礎を確立するに至りしは、我国民の日本に向て
 深く感謝する所なり。然るに、不幸にも中頃王妃(そ)落事件の生ずるあり。
 夫れ此事たる、勿論我臣僚中不逞の徒、之を行ひたるも、其背後に日本の勢力を
 恃んで此に出たるが故に、国民の感情、自然融和を欠き、日韓両国の情誼稍々
 阻隔を致すに致りて、又止を得ざりし次第なり。
 最近に及び、露国の勢力漸進し来りて、我国の独立を危くせんとするに当り、
 日本は再び戈を執って之と交戦し、結局其勝利に帰し、東洋の平和を克服するに
 至りしは、之亦我国に於て多大の謝意を表する所なり。
 今日、東洋の形勢に鑑みるに、日韓両国は将来益々交誼を敦睦ならしめ、
 其提携の実を明にし、他をして間隙を窺はしむることなきを要す。
 故に、朕と卿との間に於ても努めて誤解を避け、情意を疏通するにあり。
 就ては、朕に於て疑はしきことあらば、直接之を卿に確めん。
 卿も亦、之と同一の方法に出んことを、切に望むなり。
 ↓

王妃暗殺事件は、【高宗の臣僚が行った】と、【高宗自身が】述べてます。

しかも高宗は数日後に『閔妃は毒婦だったから地位を剥奪する』という勅命を発し
死後の閔妃の身分を平民に落としてる。これは大院君も同じ姿勢。

197 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん :2006/08/29(火) 19:26:31 ID:BhWg5ee/
ついでに長谷川総督の弁も引用。

>統監代理
>王妃殿下の事変に関しては、今日にして三回陛下より拜聞せり。
>其都度奉答したる如く、外臣頗る此事変の弁解に苦しむ者なり。
>乍去、是れ全く我政府若くは国民の意思に非ざることは、茲に断言するを
>憚らざる所なり。
>又陛下の聴明、夙に御認識相成る所にして、従って為之国際上甚しく
>感情の衝突を見るに至らざりしは、全く陛下御宏量の然らしむる所にして、
>両国の幸福不遇之なり。
>今外臣の上言せんとする所のものは、今回統監は、大に満足を齎らして
>帰国せるものと御信用相成居れるやに洩れ聞く統監の意、盖し然るやも知れず。
>然るに外臣の察する所にては、統監は決して満足帰したるものに非ず。
>何となれば、其出発前、外臣が親しく統監に承はる所に拠れば、今春来任以来、
>予は韓国施政改善の衝に当り、内閣大臣等を指導し、誠意赤心を注ぎて陛下に
>忠諌する所あり。
>且又全力を盡して之が実行に従事したりと雖、更に其効を奏する能はず。
>斯る状態にあっては、到底予の力の及ぶ所に非ざれば、陛下の御隨意に
>放任する外なし。
>乍去、今日に於ける日韓の関係は、日本の責任上、無為にして終る能はざるが
>故に、予は帰朝の上猶ほ熟慮を加へ重ねて、来るの日は何等かの手段を執るやも
>測られず云々由之観是統監の意中察するに余あり。
>陛下に於られて宜く、深思御熟慮あらんことを要す。
>外臣任に闕下に駐すること、茲に二年有余。
>日常に陛下の殊遇を荷ひ衷心感謝に堪へず、故に敢て聖意の程をも憚からず、
>此言を奏して以て陛下の御考慮を促す次第なり。

次に『機密第36号』より

>然るに他の壮士輩は王妃を逃したると聞き、処々捜索を始め、終に国王の居室に
>迄踏み込まんとせしが、此所には国王始め世子宮も亦居らせられ、
>何れも頗る御恐怖の御様子につき、荻原は直に国王の脚座に進み御安心
>あるべしと告げ、狂い犇めく壮士輩に向い、大手を張って大字形をなし「此処は
>国王陛下の宸殿なり。立ち入るべからず」と号叫し、其乱入を制止したりしかば、
>予て大院君より「国王及世子丈けは、必ず助命し呉るべし」との依頼ありたるとかにして、
>一仝異議なく、其場を立退きたりしかば、国王及世子は、身を振はして荻原の
>両腕に取りすがりつつ、頻りに保護を頼み給いたり。

 ↓
つまり、大院君の命により閔妃暗殺が行われた。
(※これは韓国の学者でさえ認めている)

また、壮士輩は高宗の居間である長安堂に入っておらず、
且つ高宗と純宗は現場に居た。

純宗は『往電第31号』で「乙未事件に際し、現に朕が目撃せし国母の仇、禹範善」と述べ、
そして『在本邦韓国亡命者禹範善同国人高永根魯允明等ニ於テ殺害一件』において
禹範善は、「旧年王妃を弑せしは自己なり」と自白。

これらの資料から、閔妃は高宗と純宗の目の前で朝鮮人によって高宗の
居室から引出され、禹範善の命令或いは禹範善本人により殺害された事件であり、
それは純宗も目撃していた、ということになる。

もちろん、岡本柳之助や杉村濬が積極関与し多くの日本人が関わっていたのは事実だが、
むしろ朝鮮人が「主体」と為って行ったというのが事実である。


つーか、小難しいこと考えるまでもなく
「朝鮮の政権打倒革命」なんだから、「朝鮮人が主体」に決まってるでしょう。

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